伊集院静 結婚歴は?作詞家としても活躍した最後の無頼派作家!

    作家として、また作詞家としても活躍した伊集院静さんが、11月24日に肝内胆管がんのため73歳で死去した。10月初旬に肝内胆管がんと診断をされて、わずか1カ月あまりでのことでした。今回は伊集院静さんの、

    ・結婚歴は?

    ・作家としての経歴

    ・作詞家としての経歴

    ・最後の無頼派作家?

    についてまとめます。

    伊集院静 結婚歴は?

    伊集院静さんは、3回の結婚歴があります。

    一回目:(~1980年) 一般女性と結婚。子供は2人。

    二回目:(1984年~1985年) 女優の夏目雅子と結婚、その後死別。

    三回目:(1992年~) 女優の篠ひろ子と結婚。

    一回目の結婚のお相手は一般の方

    伊集院静さんの一回目の結婚は一般の方とのものでした。

    いつ結婚されたかは不明ですが、1980年に離婚されています。そして2人の姉妹がいて、次女が女優・作家の西山繭子さんです。

    二回目の結婚のお相手は女優の夏目雅子

    伊集院静さんの二回目の結婚は女優の夏目雅子さん。「昭和の微笑」目元が特徴的なとても綺麗な女優さんでした。

    二人は7年もの不倫の末に1984年に結婚しました。夏目雅子さんは結婚をする前に、妊娠と堕胎を複数回していたそうです。

    しかし結婚の一年後に夏目雅子さんは白血病で27歳の若さで死去。

    闘病中に1億円程の治療費があればアメリカでの手術が可能でしたが、当時の伊集院静さんにはそのお金を用意することが出来なかったそうです。

    そこで伊集院静さんは次のように決意をしたそうです。

    「二度と金で揺さぶられる人生はしない、どれだけ金を積んできてもビクとも動かない生き方をしていこう」

    三回目の結婚のお相手は女優の篠ひろ子

    伊集院静さんの三回目の結婚は女優の篠ひろ子さん。

    出会いは元キャンディーズで女優の田中好子さんの紹介でした。そして1992年に結婚されました。

    そしてその後は、篠ひろ子さんの故郷である宮城県仙台市に移住しました。

    伊集院静  作家としての経歴

    ・1981年:「小説現代」で『皐月』を発表して作家デビュー。

    ・1991年:『乳房』で第12回吉川英治文学新人賞を受賞。

    ・1992年:『受け月』で第107回直木賞受賞。

    ・1994年:『機関車先生』で第7回柴田錬三郎賞受賞

    ・2016年:紫綬褒章受賞。

    自伝性が強い山口県防府市を舞台にした『海峡』三部作などもある。

    伊集院静  作詞家としての経歴

    伊集院静 /プロフィール

    ・名前:伊集院静(いじゅういんしずか)

    ・本名:西山 忠来(にしやま ただき)

    ・生誕地:山口県防府市 在日韓国2世

    ・生年月日:1950年

    ・職業:作家、作詞家

    ・最終学歴:立教大学文学部日本文学科

    伊達歩の名前で作詞家として活動しました。

    ・岩崎宏美  恋待草

           レンガ通りの恋人たち

    ・kinki kids  やめないで、PURE

    ・竹内まりや 最後のタンゴ

    ・ブレッド&バター  渚に行こう

    ・近藤真彦  ギンギラギンにさりげなく

           愚か者

           情熱☆熱風☽せれなーで

           さすらい

    伊集院静 最後の無頼派作家!

    ※無頼派とは?

    ・新戯作派(しんげさくは)とほぼ同義。

    ・近代(第二次世界大戦後)の既成文学全般への批判に基づき、同傾向の作風を示した一

     群の日本の作家たちを総称する呼び方。

    ・象徴的な同人誌はなく、範囲が明確かつ具体的な集団ではない。

    無類のギャンブル好きで知られている伊集院静さん。麻雀や競輪などで費やした金額は数十億円と語っていました。サンスポにも約30年にわたり競輪コラムを寄稿していました。

    同じく無頼派作家として有名な作家で雀士の阿佐田哲也(色川武大)さんを「先生」と呼んで全国の競輪場を巡っていた時期もあったそうです。

    最後に、、、

    伊集院静さんの妻の篠ひろ子さんのコメントは、

    いつもお世話になっております皆様へ  

    突然のご報告となりますが、11月24日伊集院静は永い旅に出てしまいました。かねてより肝内胆管がんの治療をしておりましたが、残念ながら回復に至りませんでした。  

    自由きままに生きた人生でした。 人が好きで、きっと皆様に会いたかったはずですが、強がりを言って誰にも会わずに逝ってしまった主人のわがままをどうかお許しください。 最期まで自分の生き方を貫き通した人生でした。  

    私たちに寄り添って2人だけの時間を作って下さった皆様、そして応援してくださったファンの皆様に心より御礼を申し上げます。 ありがとうございました。                                                         

    西山博子

    篠ひろ子のコメントより引用

    また、多くの曲で作詞の提供を受けた歌手・近藤真彦さんは「私の人生の節目節目に必ずいてくれた頼もしい兄貴でした。」とコメントを発表しています。

    心より、ご冥福をお祈りいたします。